掛かり付けの医師に本当のことを言うためのブログ


初めまして。
変なタイトルですが適当な物が思い浮ばなかったのでこんなタイトルになりました、すみません。
精神科に通院し始めて数年になります。「うつ病」と診断されたのですが、通院のきっかけは、ストーカー被害でした。
何 度かストーカー被害の相談、という形で警察の方には相談に乗っていただいてたのですが、通院のきっかけになったモノは、一言にすると子供と共にストーカー の運転する車に轢かれそうになったからです。危なかったし間一髪だったし、怖かった。その後職を変えても職場にカメラを持ってやってくる。電車通勤だった のですが、またストーカーが待ち構えているかも知れない今この電車の中にも居るかも知れない、と思うと電車に乗れなくなりました。何故か、エレベーターも 無理です。家族と一緒なら大丈夫なのですが、一人で赤の他人と乗り合わせるのが苦痛。目眩・立ち眩み・吐き気、そして周りから押しつぶされそうになる不 安、出かけたまま私は帰ってこられるのだろうかという不安。そんな症状が現れました。
そして家に居ても、頭痛・不眠・そして塞ぎこみ無口になる。 あとは起きてても歯軋り、全身の緊張、我慢するんですよずっと。このままじゃいけない、って。だから常に身体に力が入ってる状態。あとは子供が居るのに喋 る事が出来ない、嫌いとか一緒に居たくないではないんです、誰とも関わりたくない。・・・というか、死にたくてたまらなくて、でも本当に死んでしまったら 子供が孤児になってしまう、子供を手放したくない、だから死んではいけない、でも死にたい、でも自殺してしまいそうになるのでそれに抗う。心では死にたく て堪らないのに理性で死んじゃいけない!って葛藤する。いや、なんか、今思うと死にたい心と死んで堪るかっていう気持ちと二つがせめぎあっていたように思 います。
そんな状態で、まずは公的機関が開設している電話相談に頼りました。そこで精神科の受診を勧められ、居住地近隣の精神科医を紹介してもら い、今通院しているクリニックへ通い始めて数年になります。症状が改善されているのかはわかりません、ただ自傷行為はしていない、ということと、過去のこ とがフラッシュバックされても慌てなくなった。感情とか怒りが薄まった、というか心と頭が離れているようである意味落ち着いて生活できています。薬のお陰 なんでしょう、ありがたいです。エレベーターに関しては、【絶対に一人で居られる】のであれば乗れるようになりました。ただ、他の方と乗り合わせるときは 降ります。確実に一人になれるまでエレベーターを待ちます。自分が乗っている処へ他の方が乗ってきたら、その階で私は降ります。でも、乗り込んでくる方と すれ違うのも怖いんですけどね。
自傷行為衝動が無くなった、死にたいと思う回数が減った、確実に一人でならばエレベーターに乗れるようになった、薬のお陰で眠れるようになった。それ以外は特に改善されてはいないです。
夜眠れるようになっても、もし侵入者が来たらどうしよう、子供を守れるのか、って思うとそれはそれで不安なので表裏一体と言うか、どっちがいいのかな、って感じです。
薬は、やっぱり副作用はあります。血液検査をしていただいた上で体質に合った物に処方された薬を飲んでいるのですが、やっぱりあります。
一 番辛いのは、太った事。投薬開始後から半年ほどで10㎏太りました。だから膝や足首などが痛い。足が攣りやすくなって、身動き取れなかったこともありま す。坐骨神経痛なのかな、って思いたいぐらいの症状です。本当に痛い時は動かない方の足が出産時の陣痛と同じ痛さになります。盛ってないです、本当です。 なるべくのんびりと過ごすようにしたら大分痛みは和らいできましたが。
あとは、風邪を引いた時ですね、辛いのは。37度程度の熱なら普通に仕事す るじゃないですか?でも頭がガンガンします。まるで今まで押さえていた頭痛が風邪と一緒に一気に出てきたみたいに。ヘラかなんかで脳味噌撹拌されてるみた い。で、吐く。何も食べられない、食べてないから食後用に処方されてる薬なので飲めない。ひたすら寝て、夕方にやっと起きられて、また夜寝て、そうしたら 次の日には治ってるってことが多いです。
あとはまあ、細かい、薬局で貰う紙に書いてある通りの副作用がある程度です。
投薬開始は副作用との戦いの始まり、って昔何かで読んだことがあるんですが、ああ本当だ、って実感してます。私よりももっと辛い思いなさってる方はたくさんいらっしゃると思いますが。
主治医の先生は、話しやすくて、お会いすればほっとする方です。親から受けてきた虐待も、初めて話せた方でした。だから主治医の先生には恵まれたと思います。
私 は子供の頃親から虐待を受けてきたのですが、小学校二年生の時の発育測定で身体中に痣があるのを担任の先生が見つけてくれて、その日のうちに親を呼び出し 緊急職員会議。私は「これで親と離れられるか、逃げ出せるか」と期待していました。でも、親は一貫して否定。埒が明かない、となって、「○○ちゃん、今日 はお家帰る?」と職員会議後の担任に言われ、絶望しました。
それ以来誰にも虐待されてきた事を話してなかったので、診療中に先生に聞いていただけたときは、心底ほっとしました。通院から、半年後、だったと思います。
でもまだ全部は話せてなくて。
「上手にこちらを利用していただいて構わない」と先生には仰っていただいてます。心が軽くなるなら、なんでも話してくれ、と。
でも、どうしても話せない事があって。
だから気持ちを整理する為にこのブログを始めました。
虐待の事を聞いていただけた時も、「次回の診察で言おう、今度の診察で言おう」と、何度も話そうと決めても言えなくて、本当に覚悟して、やっと、でした。
まだ、言えていない事があるので、その練習のために、ここで書いています。
だったら壁打ちでいいじゃないか、とも思うんですが、ネットだと、PCの向こうに誰かがいると思えるので、私にとっては擬似診察室なんです。
ここへ迷い込んでしまった方、申し訳ありません。うつ患者の自分語りサイト、だと思います、苦手な方はお戻りいただいて、他の楽しく笑えるところへ行かれる事をお勧めします。
何が言えないのか、というと、レイプ被害です。
一度目は中二の夏、家に忍び込んできた見知らぬ男。ただその日は珍しく親が窓を開けたままにしていて、私が閉めてエアコンを入れようとしたら怒ったので、親がその男を手引きした可能性が高い、と私は思っています。
その後はもう落ち着かなくて、家にあった酒や学用品を買うと言って貰っていた金(お小遣いを貰えていなかったので)で酒を買って酔わないとしばらく眠れませんでした。
二度目は高一の、秋頃だったと思います。父親から。ただ、私は実の親に会ったことがないので、父親役の赤の他人、戸籍上の父親、ですね。
三度目は二十二、弟です。こちらも、戸籍上の、弟。
四度目は、ちょうど八年前の今頃です。何故か妊娠してしまい、二週間後には自然に流産しました。
よ くTVや本などで、レイプシーンで派手な抵抗をしていますが、ああいう抵抗の仕方をする被害の女性もいるのかも知れません。ケースバイケースでしょうか ら。ただ私は、声が出せないし頭が働かなくなります。俗に言う無抵抗の状態だと思います。何も言えない、何も考えられない、で、本当にやばくなった瞬間、 要は、やられる時ですね、何か、肌に相手の物が触れた瞬間、脳がシャットダウンします。多分、幼少期に受けた虐待がそうさせるんでしょうね、歯向かうとエ スカレートしたので。やられっぱなしで柳のように流すしかなかったんです、殺されないように。無意識のうちに身に付いたんでしょうね。
今もこうして書きながら触れられた瞬間がこう、ぶわっとこうくるんですけど、真っ白になります、というか、なりました。
最近までは上に乗られたところまでしか思い出せなくて、そこで真っ白になってたんですけど、今はやられた瞬間までは思い出せるので、一応投薬治療の効果、なのかも知れません。
気持ち悪いしおぞましいし悔しいし屈辱なんですけど、泣きたいのに泣けない、というか、心と頭が離れている感覚があって、突発的に情緒不安定になったりしないので、本当に薬ってありがたいです。
今も書いててちょっと気分が重いです。軽く、小刻みに震えます。
なんで言えないのか、というと、先生はやっぱりエリートですから。穏かで、育ちのよさがわかる、品のいい物静かな方なので。
主治医が男性よりは遥かに気が楽なんですが、それでもやっぱり、自分のことを話すと自分が惨めになる、というか。
余計、女としての境遇の差が目の前に現れる、というか。
言えないです。でも、言おうと思ってます。

何年か前に、皇后様が「自分が公務で子供を預けていても、公務で出会った人に真摯に向き合っていたら、誰かが自分の子供を大事にしていてくれる」と言うような事を仰ってましたが、私にとってはあれほど心に刺さった言葉は無いです。
私の本当の親は、どれ程の悪事を働いてきたのだろう。だから、私はこんな目に合ってきたんだろうか。って。
自分の親切心が、必ず親切になって返ってくるとは思っていません。それどころか、親切が悪意になって返ってくることもあります。厚意を貰っても、貰い逃げしたりゴミで返したりする人のほうが多い、少なくとも私の周りはそうでした。

なんか話が飛びましたが、こんな感じで主治医に話す事をここで整理していこうと思ってます。
こういうことを書いていると「俺の方が不幸だ」「私のほうがスゴイ」と、不幸自慢をしてくる方が現れるとは思っていますが、正直そういうのどうでもいいんで。