掛かり付けの医師に本当のことを言うためのブログ 4

 

 


見合いに連れて行かれる話をする前に思い出したことがあるので忘れてしまう前に書き残しておこうと思います。
幼稚園に入るかはいらないか、頃のことだと思います。
『父』の実家は長野県だったのですが、そこへ連れて行かれたときです。『父』の実家には『祖父』(こちらも私には冷たく当たったので多分本当の祖父ではないと思います)と『伯父』と『伯母』と『従兄弟』の「みっちゃん」がいました。『伯父』は『父』の姉の連れ合いで背が高く今風に言うとDV男でした。いつもスケープゴートにされていたのは「みっちゃん」です。
この日もみんなが集まっている部屋とは別の部屋に「みっちゃん」と『伯父』が襖を閉めたまま、殴る蹴るといった音が聞こえてきました。いつもみっちゃんは顔を腫らして泣いていました。いつも『伯母』が止めに入るのですが、この日は最初から『伯父』とみっちゃんは別室に篭っていて、私たちは顔を合わせていませんでした。ですが、泣き声が聞こえてきたので「今日こそは止めよう」と思い、私は飛び出して襖を開けて「止めて!」と叫びました。
ところが、その部屋にいたのはみっちゃんでも『伯父』でもなく、見たこともない二人でした。大人の方は当時恐らく二十代後半男性、背が高くひょろっとした感じで、まあ場末のチンピラみたいな感じの人。子供のほうは私と同じ年か少し上くらいの男の子。
私は「誰だこいつら?」と思いました。すると、二人は顔を合わせてニヤニヤし、大人の方が「コイツを殴るな、というならお前がコイツの身代わりになるのか?」と言い出しました。
何でそういう話になる?と思いました。私は「止めろ」と言っただけです。身代わりになりに行ったわけではありません。ところが男は「身代わりになれ」としつこく繰り返します。
私のその時の素直な気持ちは「あ、このおっさん馬鹿だ」です。
子供は、やっぱり素直です。自分の子供を見ていても思います。直感で「馬鹿だ」と思ったら、やっぱりそれが正しいと思います。
今その男の顔を思い出すと、今で言うDQN、だと思います。子供もニヤニヤしているだけで、「ああ、グルだな」と私は感じました。「身代わりになれ、契約しろ」とその男は執拗に私に言いました。
私がポカンとしていると『伯母』が出てきて私を別室へ連れて行きました。男は「やった、契約した!」と言って男の子と手を取り合って喜んでいました。
私は契約なんてしていないし、当時私はまだ五歳です。で、会話の流れでなんとなく契約の意味は掴めましたけど「契約してない」と言うと、『伯母』が「黙っていなさい」と言いました。『両親(遊園地で私を置き去りにした二人)』もニヤニヤしています。男と子供は『両親』に何度も礼を言って帰って行きました。
不思議な、というか、詐欺のような話、ですね。
本当に、私に近づいてくる連中、というか、私を嵌めようとしているのでしょうか、そういう連中の顔は驚くほどよく似ています。前回書いた【議員事務所にいた事務のオバサン】も、今書いている訳のわからない契約を持ちかけてきた二人も、よく似ています。顔の系統が。


あと、もう一つ思い出したことは、ピアノです。
幼稚園の給食の時間に曲が流れるのですが、ある日ピアノの音で「エリーゼのために」が流れました。ころころ人が入れ替わる胡散臭い『妹』でしたが、同年代の友達がいなかった私にはただ隣に居るだけで嬉しかった相手です。【死んだ】ことになってますが、実際着替えを見たら男の子でしたが、でも葬式を出してまた一人っ子に戻ってしまった私は寂しかったし、とにかくこの曲を一度聴いただけで好きになったので「妹の為に弾きたい」と思いました。
クラスの中には既にピアノを習っている子もいたので、私も『両親』にピアノを習いたいと言いました。すると『父』はどこかに電話をかけて「金は貰える様になったから、稽古代出してくれる」と『母』に言いました。すると『母』は「じゃあ、○○(私の名前)が習ってる事にしてウチの子に習わせればいいのね」と楽しそうに言いました。
「お前は習っちゃイケナイ子なんだよ、ここはピアノも置けないしね、大人しくしてなさい」と『母』に言われました。
私はピアノを習わせてもらったことなど一度もありません。なのに【私が習っている】という噂だけ近所に広まりました。カシハラさんという小母さんが近所にいたのですが(私が虐待されている時唯一助けに来てくれた方)にも「○○ちゃん、ピアノ習い始めたんだってね?」と言われました。私が否定すると、カシハラさんにはものすごく変な顔をされたことを覚えています。

なんかもう、書いていると自分がなんで今の歳まで生きてこられたのかわからなくなります。人身売買組織に誘拐されてきたんじゃないかな、って考えになります。
自殺は考えましたが、今冷静に【受けてきた仕打ち】を思い出すと、よく『両親』を殺さなかったな、って。殺意は当然ありました。今でももちろんあります。あと『弟』にも。
誘拐されてきたんじゃないかな、本当の親じゃないんじゃないかな、っていうのは幼稚園に入った頃にはなんとなく思ってました。幼稚園の秋には【遠縁の伯母】から「お前はここの子じゃないんだよ、ここに居ちゃいけないんだよ、逃げな、あれはお前の本当のお母さんじゃないんだよ」と私を遊園地に置き去りにした『両親』を指差して言われた事があります。その二ヵ月後に自宅に『Aの両親』といる時に電話がかかってきて、その【遠縁の伯母】が殺された、という連絡が来ました。でも当時TVでそんなニュースはなかったと思います。子供なりに必死に【遠縁の伯母】の顔写真が載っているかな、と新聞を眺めたりニュースを見たりしましたが、私には見つけられなかった。そして、「言うんじゃない」と口止めされました。この【遠縁の伯母】の名前がどうしても思い出せないんです。当時は知っていたのに。顔は覚えてるんですけどね。
【見合いツアー】中に起こったことなので、また改めて詳しく書きますけど。
とにかく、『妹』の葬儀が私が幼稚園に入る前の歳の十一月だったので、それから丸一年は不思議な事ばかり続きました。今はまだその半分も書けていないです。