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掛かり付けの医師に本当のことを言うためのブログ 9

 

 


いつからだったのか、はっきりと覚えてはいません。ただ、気が付くと私は周りの子達より転びやすい子でした。なにかを跨ごうとする時や、縁石とか背の低い仕切りのようなものを走って飛び越える時、右足が上手く動かない。頭ではわかっているんです、このままだと棒に引っかかるな、とか、鎖に引っかかって転ぶな、とか。でも右足は動かない。元から左の方が利き足っぽかったです。踏み込む時も、みんな右足を前にしているのに、私はみんなとは逆で。よくそれで怒られました。そんな調子だったので、学校の行き来に、私はよく転んでいました。週に1回は、膝やら顔やら肘に擦り傷を作って。小学校の一年生、夏休み前だったか二学期になったばかりだったか、『母』が私の怪我を見て「使える」と言いました。その頃はそれが何を意味するのかわからなかったのですが、『母』が『父』に相談して、二人でなにやら楽しそうに笑っていたのは覚えています。『父』は自営業者だったので、普段から家にいる人でした。
その日の夜からだったと思います。風呂場の入り口に段差があったのですが、お風呂に入ろうとしていると、『母』に後ろから突き飛ばされたり、蹴られて転ばされたり。
『父』が「余りにも怪我が多いと学校で不審がられる」と言うと『母』は「大丈夫、この子よく転ぶので、って言ってあるから」と返していました。
そんな、細々とした【虐め】のようなものがずっと続いていたのですが、酷くなった切っ掛けは、単純な子供らしい将来の夢への一言でした。
当時、もう亡くなられた方ですが、石立鉄男さん、という役者さんがいらして、何本ものドラマに出ていた方なのですが、ドラマが変わると同じ方が演じているのに全く別人のように芝居をなさっていて、他のタレントさんとか役者さんとは全く違って見えたんですね。純粋に、すごいなぁ、と。別にTVに出たかった訳ではないんです、そうではなくて、漠然と、幼稚園に入る前に舞台を観に連れて行ってもらったことがあるので、ああいった、TVよりはどちらかというと舞台に出たいな、と思っていました。石立鉄男さんのような芝居が出来て、舞台。で、『母』に、女でああやってお芝居する人のことをなんていうのか?って聞いたんです。そうしたら【女優】だ、と。
ああ、じゃあ、女優、っていうんだ。と、単純に思って、私は『母』に「大きくなったら女優さんになる」と言ったんです。
そうしたら、『母』は血相を変えて怒りました。「なんでそんなものになりたい、って言うのよ!あんたがそんなものになったら、陰で私の娘が苦労するじゃないの!二度と言うな!」と、風呂場に叩きつけられて、当時の風呂場は壁も床も陶器製タイルだったので、よく頭が割れたり血が出なかったな、と思うのですが、運良くタンコブ程度で済みました。その代わり、顔も足も腫れて、時間が経ったら痣だらけになりましたけどね。
叩かれて、殴られて、首も絞められて、浴槽に沈められて。水泳を習っていたからまだ水を飲まないで済んだのだと思います。運が悪ければ溺死していてもおかしくなかったと思います。
私は訳がわからなくて泣き叫びました。ニヤニヤして見ていた『父』も、それ以上は、と慌てて止めに入りました。「それ以上やったら死ぬ」と『父』が言うと『母』は「死んだっていいのよこの子は!」と怒鳴りました。夜だったのですが、近所のカシハラさんという小母さんが玄関にやってきて、何の用で来たのかは知りませんが、それでその日は『母』から暴力を振るわれる事は終わりました。
子供の頃に見せてもらった芝居、というのは、森光子さんと黒柳徹子さんが出演されていたもの、というのは覚えています。
個室だったか、そこでずっと待たされて、『母』に連れられてトイレに行かされて個室に入れ、と言われて、個室に入っていたら多分声の感じからして親子連れだと思うんですけど隣の個室に入って、そうしたら『母』に出るように言われて。「今来た子もきっと歳が同じくらいだね」みたいなことを言ったら『母』は「会っちゃいけない子なんだよ」と言いました。まるで『母』は隣の個室に入ってきた人たちが誰かわかっている風でした。
『母』に連れられて『父』と落ち合い、三人で劇場に入りました。劇場内は幕が下りていて、でもみんな席に座っていて、歩いているのは私たちだけでした。多分幕間だったんでしょうね。周りからじろじろ見られたのは覚えています。「こっちか」とか「この子か」と言われました。一番前の席、中央より少し右よりの席でした。『両親』が私の左側、一つ席を空けて私が座り、私の右側にまた一つ席を空けて黒いスーツの女の人が座り、非常口毎に大きな黒い服を着た人が二人立っていて、私の後ろには一列空けて黒い服の男の人たちが三人はいたと思います。何か、黒い服の人達に囲まれてました。
幕が上がって、紙吹雪が天井から落ちてきて、スポットライトに照らされた黒柳さんが森さんを抱えてずっと延々と喋っていて、途中から見たし話がわからないし、どうやら死んでしまった人を抱きかかえているんだな、って言う事はわかったんですが、まあ、一言で言うと飽きたんです。で、子供だからやれたと思うんですが、私は歩いて舞台の縁まで行って「ねえ、おばちゃん、この人生きてるよ」と、怖いもの知らずで言ってしまったんです。『母』は私を引っ張って止めようとしました。でも『父』が「好きにやらせろ」と言って『母』を止めてくれたのです。
黒柳さんは「コレはお芝居だから」とか何とか言って私に優しく諭してくれました。いい子だから大人しく座っててね、って。でも私も引かなかったんです「だっておばちゃん、この人死んで無いよ」「今死んでるお芝居なの」って言う遣り取りが暫らく続いて。
そうしたら黒柳さんがキレて「コレはお芝居なのよ、子供なんだから大人しく座ってみてて頂戴!」って、素で叫んだんですね。そうしたら、おもしろい、って観客が沸いて。
そうしたら、笑い声の中、森光子さんがガバッと立ち上がって「そうよ!私は死んでないわよ!生きてるわよ!」ってズバッと台詞を言ったんです。もう、ひたすら圧倒されました。本当に真っ白い光、って感じで。驚いて後ろ足で適当な席に座らされた、って感じでした。その時のことが根っこにあったんだと思います。
だから、別にTVに出たいとかそういうんじゃなかったのに、とりあえず【役者】って言う言葉を知らなかったから【女優】って言っただけなのに、『母』は猛反対しました。反対、というより、私を殺したかったんだな、と当時も思いましたが、改めて思い返してみると、やっぱり殺したかったんだな、って。
とにかく、小学校の一年生の夏辺りから、多分毎晩のように主に『母』に殴られたり叩かれたり水に沈められてました。でも、怖かったのは『父』の方です。夕飯後に風呂、というのが生活リズムだったのですが、ご飯を食べ終わったら、殴られるのが始まるんですよ。だから、顔色を伺いながら食べてました。すごく緊張してました、でも、ご飯があると『父』も晩酌していましたから機嫌はいい。だから、食べてる時、って唯一気が休まる時間なんですね。でも、この後に殴られる。殴るのは『母』の役目みたいな感じでしたが指示を出すのは『父』でした。だから、すごく、『父』が怖かったです。
私も殴られっぱなしではなくて、余りにも気が飛ぶと(怖すぎてブチ切れるって言うのがしっくりくるかも知れません)『母』の手を掴んで噛み付いた事はあります。歯型がしっかり残って、血が出て。はっきり言って、ざまぁみろ、っていうのが本音でした。そうなると『母』は『父』に泣きつきました。この子が歯向かった。私の手がこんなになった。そう言って、『父』に訴えるんですが、私が睨んでいると『母』は怖がってその日は手を出さなかったです。『母』が『父』に泣きつくと『父』は「今日はもういいよ」といって、それで暴行が終わる。そんなことが二年以上続きました。