掛かり付けの医師に本当のことを言うためのブログ 19

 

 

子供が情緒不安定です。私が原因なのかな、って責めたくもなりますが、ウチの子は【家の中】では虐待とかされてはいないので。主に外、小さい頃から虐められてきて、私と同じように【誰かから指示されて近づいてきた馬の合わない取り巻き】に囲まれて。私と同じようにスカイプのような【夢】を見せられて。ノイローゼ気味です。

親子揃って絶望してますね、世の中結局金とコネだ、って。

どんなに努力しても、自分の才能とか向いてる方面を伸ばすように努力しても、結局金と戸籍の家柄とコネを持ってる奴の勝ち。

盗まれて搾取されて奴隷にされて人生終わりですよね。

前回書きましたが、金と家柄とコネだけはあるヤツに盗まれて体裁を取り繕うように搾取されたからといって、私から盗んだヤツが私に何かをしてくれるわけではない。「○○(私の名前)ちゃんの代わりに結婚しておいて上げる」なんて言われても、こっちが望んでないヤツを押し付けられてもそれはゴミを置いていかれるのと同じで。

徹底的に盗むだけですね。盗んで成りすましたヤツには更に全てが集まって、金もコネも家柄も何も無いヤツは徹底的に搾取されるだけの一生なんですね。そこに私は【家畜のような扱い】というのがプラスされていますが。

 

高校に入ってからも、色々とあったのですが、分かりやすく整理する為に【家の中】で起こったことと【学校関係】のこと、と二つに分けて書こうと思います。

最終的には繋がるんですけどね。

 

高校のときに『母』からよく言われたのが「家を出て行け」です。『母』は小さい頃に両親を亡くして兄弟が親代わりになって育ててもらったそうですが、あんなに何人も『母』がいると疑わしいです。本当に苦労したのかな、作り話じゃないのかな、って。

『母』は中卒で『姉夫婦』の家に居候しながら遠縁の人が経営する店で働いていたそうです。都内の大学の中にある売店だったそうなんですが。

だからよく言われました。

「お前は何でその歳になってまだ家にいるんだ、独立しろ」

「高校に通わせてもらえるだけでもありがたいと思え」

「お前の衣類を一緒に洗濯したくないから自分の服は自分で洗え、但しこっちが洗濯機を使わない時間にしろ」

「人が寝てる時に洗濯するな」・・・はっきり言って無理ですよ、学校行ってるのに。で、いつ干すんだ、って話になると夜か家の中しかないんですよね。だからいっつも生乾きの服。箪笥の前まで『父』の仕事道具が溢れかえって引き出しを開けられない。結果、服を仕舞えない。仕方が無いからベッドの上に服を載せて、そのまま布団かぶって寝てましたね。足元に洗濯物が溜まったまま。

前回にも書きましたが「結婚相手を勝手に決められて結婚しなきゃならない辛さがお前にわかるか」・・・知りませんよ、こっちだって被害者ですよ、強引な結婚決めたやつに文句言ってくれ、私に言うな。

そして極めつけが「風俗か水商売でもやれ、お前なんかが学校行ったって無駄だ、今まで食わせてやった分を金で返せ」・・・まあ、『母』も何人もいましたし、ねえ。この言葉は私にではなくて私の内申点を使ってようやっと高校に入れた『ヤマダマユミ』に言って欲しいですね、直接。

 

『父』からは「なんでお前はこんな馬鹿な学校へ行ったんだ、なんでこんなところしか受からなかったんだ」

「金ばっか掛かるようなところ行きやがって」

まあ、こんなところです。

そして、前にも書きましたが、レイプ、ですね。

『両親』それぞれ何人もいたので、まともに付き合ってるとおかしくなってきます。

高校二年のときに、虚脱感と、あと喋れなくなってしまって。ノイローゼですねきっと。今思えばあの時に心療内科なり精神科を受診しておけばよかったんでしょうが、当時の風潮ではそういうところに通院=人生の終わり、というか。基地外とか人間の形をした別の生命体が通院するところ、ってイメージだったと思います。

 

高校三年の頃だった筈です。『父』が機嫌よく家で仕事してまして、あるホテルの設計デザインコンペがあって、応募してみないか、と主催者側から声をかけてもらったそうなんです。この時デザインしてた『父』は比較的私が懐いていた方の『父』で。昔私が幼稚園はいる前に「ピンク色のビル」を悪戯描きしたんです、その時のことを思い出したようで「まさか子供が気紛れで塗った色でデザインする日が来るとは思わなかった」と言いながらピンク色の外壁にしたんです。

そのコンペを通ると、そのホテルグループのデザインを一任されるそうで、金額的にもデカイ仕事なので張り切っていましたね、で、受賞して、授賞式に出て、家に帰ってきて、『父』は荒れました。

以降、『父』が話した主催者側の言い分です。

 

このデザインは一位に選ばれた。

正式にホテルのデザインとして採用する。

採用するがギャラ・賞金・デザイン料等が発生するなんて一言も言ってない。

デザイン者名も他の人間の名義で。

日本人なんて死んでしまえ。

今時皇室なんて古いんだよ。

 

何で皇室なんて言葉が出てくるのか、と思ったんです。前に少し書きましたが『母』の方は遠縁に明治天皇がいて『父』の方は大正皇后の身の回りの世話を仰せつかっていた家、という言い伝えが残っているのですが、そのことをデザインコンペの主催者側は調べ上げて『父』に狙いを定めて嵌めた、と言ったそうです。

正直に言うと、私が一番いい迷惑なんですが。

『父』の殆んどは、反天皇・アンチ海軍・パチンコ屋に何故か顔が効く・・・そんな人だったので、まあ拗れてるな、と。

そのコンペに出したデザインは覚えています。

数年後、世間を賑わせた【耐震構造偽装事件】私は「アネハもん」と呼んでいますが、そのニュースがTVで流れた時に岐阜の東横インの映像が流れたんです。独特なピンク色の外壁で、窓の外側の飾りのデザインといい、窓の形状といい、そっくりでした。

ちなみに「アネハもん」事件の関係企業名一覧に(被害者ではなく加害サイド)中学時代私を嵌めた『西くん』の母親が経営する設計事務所と同名がありました。それが実際『西くん』の母親が経営しているのか関係しているのかはわかりませんが。

 

そして、高校卒業間際です、『父』が私に「なんで海保行かない、って断ったんだ!」と、夜怒鳴り散らしまして。私、子供の頃から水泳習わされてきましたし、台風で大荒れの海で泳いだりとか集中豪雨で急激に増水した川とかで何故か泳がされてきまして。半分殺す気だったんでしょうけど。で、その泳ぎを見て『父』に私を海上保安大学校にどうか、と。私に受験を勧めてみてくれないか、という話があったそうなんです。『父』は「学校を通してスカウトしてやってくれないか」と言ったそうなんです。ところが、私が『父』に相談も無しで勝手に断った、それがふざけるな、と。

知らなかったんです、この話。正直に言うと全寮制で家を出られるから魅力的に考えていたことがあったんですよ、海保大。で、ピンと来ました。次回に詳しく書きますが『T』という人物がいまして、多分コイツが勝手に断ったんだろう、と思って探りを入れてみたんです。そうしたら自慢げに言いました。「ゴメンな、国なんて凄いところからスカウトが来るなんて俺たちと全然違う凄いヤツなんだ、って思うとさ、足引っ張ってやりたくなるんだ。お前の代わりに断っておいた。だってああいうのって漁師の子とかじゃないと無理だって、選ばれた家のヤツがやるモンなんだよ。」だそうです、『T』は本当にこういうことを言いました。

疲れたし、次が本当に込み入った話なので長くなりますが、次にしっかり書きますけど、この時にやけくそというか殺意というか、正直2回もレイプされてましたからこの時には。覚悟が決まった、というか殺してやるというか、潜り込んでやる、って決めましたね。

本当、信頼できる味方がいたら、楽だったんでしょうが、悲しいことに一人で。

『T』と『母』は繋がっていた可能性が真っ黒で。

『T』の中にも何人もいたんですが、小学校五年生の時に『母』宛に掛かってきた電話の声激似の男、子供の頃から私を付回していた男、子供の頃に私に訳のわからない契約を持ちかけたDQNな男激似のヤツ(このブログの4回目で書いたやつです)が『T』の中には揃っていました。