掛かりつけの医師に本当のことを言うためのブログ 39

ストーカーや身の回りに不審な人物が現れる、過度な嫌がらせ等を受けずに平穏に暮らせたのは上の子を妊娠中、だけだったでしょうか。
当時、私は戸籍だけを『実家』に残し最小限の荷物だけをもって主人の家に転がり込んでいました。ほとんど同棲状態ですね。
この時だけは、身辺に危険が生じる、と言ったことが無く。隣家が変わった人で昼間から一升瓶を開けている無職の五十代から六十代の男性一人暮らし。同じアパートに主人の先輩(元自衛官)が住んでいて大家さんも主人の会社の社長の友人・・・といった環境のおかげだったかもしれません。今まで生きてきた中で一番穏やかに過ごせた時だったかもしれません。まぁ、極貧でしたけど。
本音を言うと、生まれても出生届を出さない方がいいんじゃ・・・とは考えました。でも現実問題そんなの無理で。
孫が生まれれば少しは変わるかな、と甘い期待があったのも事実です。子供の頃から「どうして親がいるのに親のいない子のように育てられねばならないのか」ってずっと思ってましたから。甘えてたんですねきっと、温かい家庭、っていうのが欲しかったんです私も人並みに。
主人の方も早くに両親を亡くし、親戚・兄弟はいたけれど頼れる人も無く。半分仕方なく、諦め、ですかね。『実家』に話して入籍して出産しましたが。
そのまま家を出ればよかったじゃないか?と思われるでしょうが、世間話ができる程度の知人はいたけれど困ったときに助けてもらえる、助け合える友人がいなかったんです。何しろ私の場合、仲良く付き合えそうな人と知り合いになれても次の日にはよく似た別人が群がってくる・・・という状況だったので。
なんだか組織的に交友関係をぶった切られてきた、という印象です。
主人の実家は北陸の古い家で、地元では名家として知られていたようですが、舅は主人が中学生の頃に自死、自宅で首を吊りその第一発見者が当時中学生だった主人・・・と聞きました。
遺書は残されていなかったそうです。なので具体的な原因・理由はわからないのですが思い当たる節はあったようで。
自殺の前日、姑が仕事で知り合った男性と交際していたことが発覚し、舅・姑・間男の三者で話し合いの場が設けられたそうです。間男を実際に見た主人の感想は「もっさりとしていて熊みたいな男」というものだったそうです。なんで母親がこんな男と?と。まぁ、母親を奪った相手、という恨みつらみを抜きにしてもあまりいい感じはしなかった、と言っていました。
で、その翌日に自殺をしてしまった、ということなんですが。
そのまま姑は行方不明、相手の間男も葬式にも来ず消息不明になったそうです。数年後、姑は発見されたそうですが。
田舎の名家でスキャンダルがあれば、相当暮らしにくくなるであろうことは私にも想像できます。ですがこの話を初めて聞いたときに、私は違和感を覚えました。
まず、自殺の前日の三者での話し合いの場・・・仲介人・仲人・友人・親戚の家ではなく、主人の実家だったんです。間男が「お邪魔します」と夕飯時にやってきたそうなんですよ、この時に主人はこの間男を見てるわけですね。「うちの嫁に手を出しやがって!」と怒鳴りこんでいないんです、当主として迎え入れているわけですね舅は。
これ・・・まぁ、世間体を気にしたのかも知れませんがそれでも友好的に話をまとめようとしていたんじゃないか、って思うんです。
ところが、翌日に突然死んでしまった。突発的だったのかも知れません、限界だったのか、緊張や我慢していたものが翌日になって一気に押し寄せて無意識にやっちゃったのかも知れません。
でもね、この話を初めて聞いたとき、私は他人事に思えなかったんです。
以前、このブログの何回目で書いたのか覚えていないんですが、私の戸籍上の『実家』も名前だけなら名家でした。『父』の方は大正天皇崩御後皇后を匿っていた、という話が残っており、『母』方の遠縁には明治天皇がいる・・・という家で。戸籍上だけですけどね。高校の時に『実家』から盗まれたものがあって、その時の加害者側の言い分は「皇室なんていまどき古いんだよ!俺たちが新しい時代を作ってやる!」的な言葉だったんですが。私の幼稚園時代の見合いツアーも『母』が可愛そうな人たちだから結婚してあげないといけない、と私に言って聞かせまして。
つまり何が言いたいのか、というと、舅の死に三つの可能性が考えられるな、と。
本当に自殺だった、「背乗り」を要求してきた相手の男に殺された(つまり戸籍上は夫婦のままで舅の名前を間男が使う)、「背乗り」を要求されたが家を守るために自決・・・と、なんだか昔の二時間ドラマみたいですが可能性として否定はできないな、と思っています。特に今の日本の状況を考えると。
舅が「自殺」した年の夏です、私が初めてレイプされたの。

話が前後してしまいましたが、上の子出産後から離婚までの間、って覚えてはいるけれど孤独ではなかった、というか。まぁ、主人も子供もいたし幸せだったんでしょうね、長閑で。殴られることもないし割と本音で話せた時間、でした。
空き巣被害だのはありましたが。
前にも書きましたがこの時期にあったことを簡単に書くと「子供が満一歳の時にデブのJKに腕をひねられて病院に行った、交番に駆け込んだら信じてもらえなかった、ポリオの接種の時にうちの子にだけ違うアンプルで過剰な副反応で保健所に電話してもまともに応対してもらえなかった、某超大手新興宗教団体(?宗教法人認可されていない、という話もありますが)からのしつこい勧誘、空き巣被害、盗聴・盗撮被害疑惑(警察からほぼクロだから見つけてくれ、と頼まれた)、車のタイヤを刃物で切られた、上の子のツベルクリン反応の際に確実に陰性の反応だったのに医師がつねり叩き皮膚の赤い腫れを大きくし陽性反応を捏造し地元の総合病院送りにされた」・・・と、数え上げればキリがないのですが、一番身の危険を感じたのは二人目懐妊中でした。
上の子を連れてバスで産婦人科まで通院していたのですが、バスの運転手の態度が(というか人柄や人相も)がらりと変わり、バス停で降りようとすると降ろしてくれないで通り過ぎようとする(実際に降ろしてくれなかったこともありました)「降ります」と叫ぶと「乗ってくんじゃねぇよ!」と叫ばれる。乗車料金を払うときに運転手から舌打ち、睨まれる、暴言を吐かれる・・・と。そしておかしかったのが車内の乗客の誰もがまるで示し合わせたように無言を貫く。道を歩いていれば向かいから来た車が猛スピードで私に直進してくる。避けても寄ってくる、そしてギリギリのところで止まる、もしくは睨み暴言を吐きながら走り去っていく・・・ということが多かったですね。ストレスで切迫早産になりかかり、絶対安静・入院・・・を医者から勧められたのですが上の子を置いて入院できないですよ。やっぱり、当時の『実家』は『父』も『母』も入れ替わり特におかしな目には遭っていませんでしたが「私がいない状態」というのが何を引き起こすのか全く分からない。私の目の届かないところで上の子が何をされるかわからない。だから、強引に帰ってきました。
何とか2~3日大人しくしていただけで普通に戻りましたが、私が切迫早産起こしかけて倒れた時も『母』は「サボるな寝てるな甘えてんじゃない!」って怒鳴りましたから・・・まぁ、グルだったのかな、と。敵しかいない状態、といった感じでした。これでもまだ情報が少しは入ってきていたし、本当に親戚・友人・知人、と言ったものから切り離されてきたので頼れる人も他にいなくて、『実家』しかなかったんですね。
昔、従妹同士・遠縁同士で入れ替われる人の話を聞いたことがあります。「どうやって入れ替わるの?」と。「親が指示する」って言ったんですねその人。そりゃぁそうだろう、って思いますよ。だから『母』に暴言を吐かれたり暴力を受けた後「早くどっか行っちゃいなさいよ!」と言われることがあったのですが、『親』ならお前がやるんだろそういうこと!って小さいころはよく思ってました。誰も何もしなかったんですね、上辺だけ育児放棄に見られないようにイイ『両親』を装い責任を取らない人たちで。
一度、小学校の時だったと思います、どうにも我慢が出来なくなって「どうして親がいるのに親のいない子みたいに育てられなきゃならないんだ!」って泣きながら叫んだことがあるのですが「自分の子を犠牲にして他所の子を助けなきゃならないのが理解できないわよ!」と逆に『母』に叫ばれまして。
じゃあ私が「ピアノ習いたい」って言ったのに私の実家から金をせびって自分たちの実の娘にピアノを習わせてたのは何なんだよ。ふざけんな。
・・・と、言えなかったですね、呆れて。
本音を言うと、『両親』には名前しか価値が無かったです、私の中では。家を借りるときに保証人になってもらう、幼稚園・学校に提出する用の緊急連絡先、そんなところです。あとは、まぁ、下の子を産むときに上の子を連れて入院できなかったのでその時に上の子を預けた・・・それはお世話にはなったと思ってます。でも、何人もで入れ替わってたんですけどね『両親』は。
なんだかどうでもいい愚痴ばかりでこうやって見ると私が『両親』を利用してきたように思われる方もいらっしゃるかもしれません。でも、形だけでも自分の子に「おじいちゃんとおばあちゃん」に囲まれて可愛がられる、ということを味わってほしかった。それと、自分には祖父母にかわいがってもらったことが無いので子供には。後は、自分が落ち着いて穏やかな生活を送りたかった。子供を産んで『両親』から私も子供も虐待されない時間をやり直したかった。
結局、甘かったんですね、私が。
他人なんて情けかけたり信じたり「もしかしたらいい方向に変わるかも」なんて期待するもんじゃないですね。
子供も最近、自分の世界や外とのつながりを作り始めていて、家の中で兄弟で結託して私を陥れることをやり始めるようになりました。どうしようもなく落ち込んでしまっているときに敢えて私を励ましてくれるんですが、私が少しでも気を持ち直すと、途端に手のひらを返す。他の家で『母役』に嫌がらせを受けたようなのですが、そのことを私のせいにして文句を言う。「どこの家に行ったんだ?どこで何をしていたんだ?アンタがいない間に来ていた子は誰だ?」と訊くと泣き始める。「どうしてそんなことを言うんだ」と。とりあえずなだめると、後ろを向いてベロを出してニヤニヤしている。
こんなことの繰り返しです。
やっぱり、産むよりも育てる方が難しいし大変だし、自分の子は産婦人科で他の子とすり替えられましたが(二人とも)、自分の産んだ子を忘れたことはないけれどそれ以上に目の前にいる子に幸せになってほしいと思って育ててきましたが、血が繋がらないとやっぱりみんな私を踏み台にして逃げるんですね。
でもね、虐待しようとは思えないんですよ。自分が『両親』みたいなクソになっちゃいけない、じゃなくて、やっぱり可愛いんですよね。これじゃ私がただの馬鹿みたいですが。