掛かり付けの医師に本当のことを言うためのブログ 44

 

前回からかなり間が空いてしまいましたが、今も通院しています。治るのか治らないのか、それはお医者様でもない私にはわかりません。ただ、私としては悪化しないように、通院前のように自死行為・衝動を抑えることを目的として通院しています。目標を幾つも持つと混乱する、というか狂ってしまいそうなので。

ただ、子供たちが大きくなって独立して、もう親の私など必要ないくらいになってもらったら・・・そうなったら私はお役御免でもいいかな、と思っています。それまで、子供たちをこんな現実世界に放置して私が勝手に死んでしまうことだけは避けたい、その一心です。

親も親戚も頼れる人が誰もいない状況、というのは、経験してみないとピンと来ないと思います。

辛いです、この一言です、本当に。

私の場合、子供の頃から『両親』に会っていい親戚、というのをコントロールされてきましたし、友人関係も変なのしか周りに来なかったので。

「この人となら友達になれるかな」と思った人でも、次の日には良く似た別人が現れたり、「絶対に相性が悪いし生理的に無理」という相手に限って強引に近づいてきては「親友」を騙り。

世間一般的な交友関係というものが私にはありません。

ニュースで、子供を虐待していた親を逮捕・子供を保護、といった記事を目にする度に、「無事でよかったね」と思う反面、どうして私の時には誰も動いてくれなかったんだろう、と悔しさでいっぱいになります。正直、羨ましい。

私の一番古い、思いだされる限りで一番古い記憶は、二歳の頃のことです。『両親』二人に、「ママ」「パパ」と教えられ(良くある、親が子供に言葉を教える状況ですね。「ママって言ってごらん」みたいな。あれを執拗に繰り返されました)、その後「行ってくるからね」と言われ、『両親』が玄関から出て行ってしまうと、入れ替わるように『母』に良く似たオバサンがやってきました。私は「ママはどこ?おばちゃん誰?」と訊いたんですが、その途端オバサンの顔色が変わって「アタシもアンタのママよ!顔が同じでしょ!ママって言え!」と怒鳴られ、顔を叩かれました。当時の家は玄関を上がるとすぐに六畳の和室だったのですが、その部屋の奥にタンスがあったんです。玄関の縁から和室に置いてあったタンスまで飛ばされました。距離として、恐らく2m以上だったと思います。タンスの角に頭をぶつけて、畳の上に倒れて、痛いという感覚がなくてただ「怖い」だけだったように思います。あと、ショック。

オバサンは「アタシだってアンタのママって認めなさいよ!」と怒鳴りながら倒れてる私を起こして、顔や頭を叩き続けました。どうしてこんな目に遭うのかわからなかったし、息が出来なかったですね。ショックで過呼吸になっていたのか、喉元を締めあげられていたのかわかりませんが。パニックだった、というのもあると思います。痛い、というのは、殴られ続けている間に何となく感じ始めて、その後に子供心に殺意が湧いてきました。それでも子供の私には身動きが取れなくて、ひたすら叩かれて、もう駄目かな、って思った時に、誰かが止めに入ってくれました。見たことの無い人だったので、近所の人だったのか、たまたま通りかかった人だったのか、私を殴っていたオバサンの付き添いの人だったのか、全く分かりません。とにかく、助かったと思ったら、そこからは意識がありませんでした。目が覚めたら布団に寝かされていて、私を殴ったオバサンはいなくて、『両親』が心配そうに私を覗きこんでいました。

これが、私の一番古い記憶です。

自分の子供に「一番昔の記憶って何?」って訊くと、やっぱり幼稚園に入る前のことを言うんです。でもそれは「絵本を買ってもらった」とか「お父さんがブランコに乗ってて、交替で背中を押してあげた」とか「○○ちゃんが我儘で嫌いだった」とか、普通の答えなんです。

私の人生って異常だったんだな、って。

このブログを読んで下さっている人が何人いるのかわかりませんし、どうせ誰の目にも留まらないと思います。でも、どうか、お願いします。

虐待が発覚したら、(ネグレクトなど種類は色々あると思いますし、お母さんの精神状況なども考慮された方が良いと思うのですが)、私のように暴行という幼児虐待が発覚したら、是非周囲の方や行政の方にはしっかりとした対応を取っていただきたいな、と。

私が受けた虐待は、暴行事件です。刑事事件として扱って、親から引き離して施設で18歳まで暮らせるようにしていただきたい。戸籍上、親とも離れるような対応を取っていただきたいです。

最初が肝心です。私の場合は、この後も続きました。小学校二年生の時に担任の先生が見つけてくれるまでの間に、何度も殴られたり、水の貯まった浴槽に顔を押し付けられて何度も窒息しそうになり、好きでも何でもないどころか『父』よりも年上であろう相手と何度も見合いをさせられ。

一度だけ近所の人が「逃げよう、おばちゃんが匿ってあげる」と言ってくれましたが、そうじゃないんですよ。匿う、とか、逃げる、じゃないんです。暴行を止めさせて、暴行した奴が捕まって欲しかったんです。なんで被害者が日陰の道を歩かなきゃならないんですか。

小学校の二年生の時に虐待が発覚しても、その後も続きました。小さい頃は単純な暴力だけだったからまだ良かったんです。中学へあがると、そこにレイプが加わりました。

日本って保証人社会の側面があって、賃貸契約だけじゃなくて、子供が公立高校に進学するにも親以外の親族の署名が必要になってくるんですね。子供がどんなに努力しても、親戚は作れません。親から親戚付き合いを制限されてきた私には、無理なんです。URに入居するので連絡先にしてもいい?と頼れる友人もいません。お互いに頼れる間柄になれるかな、と思える相手に出会っても、次の日には向こうは良く似た別人に変わってしまいますから。しかも、顔だけ似ててガラの悪い。あくまでも私の印象ですが、日本人っぽくない人に変わるんですね、毎回。

私みたいなのは中途半端なんですよ。ちゃんと行政が「虐待被害者」と認めてくれなかったから。どんなに私が訴えたって、世間は「ああいうことを言ってる人がいる」で終わりですから。

18歳まで施設暮らし・・・の方が、公的な証拠・書類がありますからそういう人の方が受け入れられ易い、というのが私の印象です。

絶対に、保護した児童には公的機関が「虐待被害者」として公的に認定して下さい。書類・証拠等を作成して施設で保護して下さい。被害者のこれからの人生や健やかな成長を願うなら、ちゃんと認めてあげて親元から引き離して施設で暮らせるようにしてあげて下さい。

まあ、施設で暴力事件やレイプ事件があったら目も当てられませんが。